このたびの熱海市伊豆山地区における土砂災害で被災された皆様、ならびにご家族、ご関係者の皆様には謹んでお見舞いを申し上げます。被災地におかれましては、一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。
戸建住宅の地盤調査や建物検査を手掛けるジャパンホームシールド株式会社(所在地:東京都墨田区、代表取締役社長:斉藤武司、以下JHS)は、2021年7月3日に発生した熱海市伊豆山地区における土砂災害について、地形地質情報やGIS(地理情報システム)の情報を収集し、災害原因の考察および提言をまとめましたのでご報告させていただきます。
■ ■伊豆とはどんな場所か
伊豆半島は、大昔は現在の伊豆大島などのように海に浮かぶ火山島や海底火山でした(図1)。それらが海洋プレートに乗っておよそ100万年前に現在の丹沢山地に衝突しました※1)。元が古い火山ですから、その斜面は現在では多くが侵食され、崩壊跡は急傾斜になっています。
このような土地は土石流の発生の危険性があり、人家に被害を及ぼす恐れのある渓流を「土石流危険渓流」といいますが、伊豆の谷筋の多くは条件にあてはまるため土石流危険渓流に指定されています。
現在の熱海や伊東などは温泉が得られることもあって、谷と海岸線が交わるような狭い場所に市街地が形成されています。また、図2のように山の斜面が海に迫り、内陸へ少し入れば標高が高くなるため、眺めの良い別荘地としても利用されています。こうした土地では谷筋を埋めて道路や宅地などを作る必要に迫られます。その結果、地すべりや斜面崩壊、土石流の発生に対しとても脆弱な環境の場所があります。
■ ■熱海市伊豆山地区の土石流
近年は毎年のように国内のさまざまな場所で集中豪雨が発生し、河川沿いでは洪水氾濫が起き、斜面では土石流による被害が発生しています。
災害発生当時、日本列島の南側には太平洋高気圧が張り出し、その北に延びる梅雨前線が押し出されるように列島まで北上しました。その結果、前線に向かって南から暖かく湿った空気が大量に入り込み、静岡県を含む太平洋岸の広い範囲で大雨が降ったとのことです※3)。
7月3日の熱海での土石流では谷地形の上流部、標高400m付近において盛土とその下部の土塊がえぐられるように崩壊しました。当地は海岸線から水平距離でおよそ1.8kmしかなく、今回の土石流は傾斜が222/1000、角度にして平均5度の斜面を一気に駆け下りました。
伊豆半島は上記のとおり元が火山であったため、その地盤は主に火山灰質の土で出来ています。さらに富士・箱根などの火山群にも近く、これら火山からもたらされた火山灰が風化した土にも覆われています。
これら火山灰質風化土は降ってきた雨を地中内に透水しやすい性質のため、その水は地層の中でパイプ状の水みちを作り山の下流へ流下します。
通常の雨ならばいずれは沢に流れ出て海へと排水されるのですが、大量の雨が一機に降り注ぐとその流下能力を超えてしまい、地下水位の上昇による荷重の増加、および、強度低下で斜面が崩壊しやすくなります(図3)。さらにはこの火山灰質風化土に宅地開発などの盛土が行われると、盛土および、盛土内に留まった地下水の重さも加わって位置エネルギーが大きくなり、さらに崩壊しやすい状況になります。報道によると、盛土を含め10万立法メートルの土砂が流下したとされています※4。
図4と図5は、伊豆山地区の崩壊斜面の様子を新旧航空写真で比較したものです。赤い塗りつぶしは崩壊土砂を表します。ここで等高線と土地利用の関係に着目しますと、図4では等高線と航空写真に写る土地利用形態は整合していますが、図5では別荘地やソーラーパネルの敷設地が造成されていて等高線の形と土地の形態が整合しません。このように当地周辺の土地は人工改変されたことが明らかです。また、崩壊土砂の谷筋は周囲の谷筋より等高線が密になっており、深い谷筋であることもわかります。これら状況から見て今回の土砂崩壊も人工改変の影響があった可能性が考えられます。
■ ■斜面・盛土造成への注意喚起と現実
上記の崩壊メカニズムは決して熱海に限った話ではなく、山の多い日本列島では多くの場所で発生する可能性があります。そこで、行政は関連団体とともに傾斜地の造成や開発行為などを行うにあたっての危険性調査や対策のマニュアル作成を行っています。
例えば土石流危険渓流の調査は1966年から始められ、土砂災害防止法施工後の2002年には全国で16万カ所を超える渓流が挙げられています※7)。宅地防災研究会からは「宅地防災マニュアルの解説」という冊子が出版され、盛土造成など開発行為にあたって注意すべきことをまとめており、次のような指摘が書かれています。
地下水により崖崩れ又は土砂の流出が生ずるおそれのある盛土で盛土内に地下水排除工を設置する場合に、併せて盛土内に水平排水層を設置して地下水の上昇を防ぐとともに、降雨の浸透水を速やかに排除して、盛土の安定を図ることが大切である。※8)
つまり、盛土はもともと降雨に弱いので、排水には細心の注意を払い対策をとることが必要であることが指摘されています。今回の崩壊現場でどのような雨水対策が取られていたかは確認できませんが、排水能力を超える雨量により盛土の崩壊に至った可能性はあり得ます。
以上のような造成盛土が降雨により崩壊する恐れは熱海に限らずあります。大規模分譲地として完成している土地も例外ではありません。また、山腹が新規に開発されると、その斜面を下った元からある市街地が危険な場所へと変わってしまうことも考えられます。
これから土地を購入される方には、生活の基本となる住宅が異常気象などによりその地盤ごと崩壊することがないか、チェックをして欲しいと思います。具体的には以下の事柄の実践になります。
1.どういう来歴の土地なのか航空写真などで確認してみましょう。地元の人に聞いてみましょう。
2.ハザードマップで購入予定地周辺の土砂災害警戒区域についてチェックしましょう。
危険そうであれば、危険の原因に合わせて被災状況をイメージすることで、ハード・ソフト面の対策が見えてきます。これは避難経路の確認にもつながります。
ジャパンホームシールドの地盤サポートマップ(
https://supportmap.jp/)も参考にしてください。
3.役所や専門家に相談することも検討しましょう。
購入後は大雨、地震、台風などについて普段からニュースなどで確認しましょう。
4.そして早めの行動で家族の命を守ることを心がけましょう。
■ ■まとめ
近年の異常気象と合わせ、私たちは脆弱な斜面を多く持つ国土に住んでいることを自覚すべきです。行政だけでなく私たち一般市民も自然災害に対応可能な住まい方を自主的に模索すべき時に来ていると言えるのではないでしょうか。
地盤技術研究所 吉井孝文(技術士・地盤品質判定士)、辻浩平(地盤品質判定士)、酒井豪(地盤品質判定士)
■参考文献
1)地盤工学会関東支部神奈川県グループ(2010)「大いなる神奈川の地盤 その生い立ちと街づくり」,技報堂出版,p.28
2)小山真人 伊豆の大地の物語(2)伊豆半島のおいたち
https://sakuya.vulcania.jp/koyama/public_html/Izu/Izushin/daichi/daichi2.html3)産経新聞電子版7月4日(日)配信記事「土石流 急な斜面、水吸う地質で悪条件重なる」
https://www.sankei.com/article/20210704-BV3HWCZAHRM6JNPUXSAMFVGLV4/4)産経新聞電子版7月4日(日)配信記事「岩盤から根こそぎ崩落 土砂10万立方メートル、深層崩壊か 熱海土石流」
https://www.sankei.com/article/20210704-BYZNNEB5NJNR7MOKXLDIMA54XI/5)FNNプライムオンライン 2021年7月5日配信記事「「山林開発によるパイピング現象か」専門家が読み解く熱海の土石流の発生メカニズム」より引用
https://nordot.app/784610541998997504?c=1087601597189340106)国土地理院HP 地図空中写真閲覧サービス資料を加工
https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#17)上野将司(2012)「危ない地形・地質の見極め方」,日経コンストラクション,p.197
8)宅地防災研究会(2007)「宅地防災マニュアルの解説」,ぎょうせい,p.220
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